【油屋の休日】
=Part1=



「まずいよねぇ・・・・・・」


ふぅ〜、と千尋は軽くため息をついた。
今日は油屋の定休日。月に一度、釜の点検をするために油屋全体がお休みとなるのだ。


リンも、他の女達は皆それぞれに好きな場所へ行き・・・思う存分、休みを満喫している中千尋だけが女部屋に残ってなにやらため息をついているのであった。


「うーん・・・・・」


部屋にある姿身に自分を映し、千尋は頭を悩ませる。千尋は今年15歳になった。心はまだ子供だとしても、体の成長はそれを追い抜く勢いでどんどん大人の女へと向かっていっている。 体は丸みを帯び、腰にはくびれも出てきた。そして、今回問題視しているのは・・


「やっぱりちょっと苦しい・・」


そう。問題は、千尋の着ている腰掛だった。ここに来て再度働き始めたときから思っていたが、今着ている腰掛はもう小さくなっていたのだ。


「もう、胸きっつ〜〜い!!」


千尋の成長の現われなのか、はたまた・・愛を受けている証なのか、成長した胸を押さえつけて働いているので千尋は仕事中度々気分が悪くなってしまう時があった。
そう、ついこの間も・・




「おい、千!?どうかしたか?お前、顔色すっげー悪いぞ!!」


ぎゅぅぅっと胸を押さえつけて座り込んでしまった千尋に、リンが心配そうに話し掛ける。


「あ、リンさん・・・う・・・・」


「気分悪いならちょっと休んどけよ?な?俺が終わらせてやっから!」


リンの申し出は嬉しかったが、特に体の具合が悪くて座り込んでしまったわけではないので、千尋は「平気平気・・」と青い顔をしつつもまた自分の仕事に戻っていく。それを、一日に何回かやらかしてしまっていたのだ。




――なんてことがあったために、千尋はやはり新しいものをもらおう!と今日言おうと思っていたのだが、あいにくリンも不在。今日も言えなかったな・・と思いつつ、千尋は明日でいいや・・と水干を腕に持って、腰掛姿で千尋は外へと散策しに出かけたのであった。










「うわーっ・・・気持ち良い!」


胸を押さえつけているせいかあまり大きく息を吸い込めないが、外気に触れて千尋は大きく伸びをした。



「う〜〜っっっん!!」



ぶち。


「え!!??」


伸びをした瞬間、小さな音が自分の背中から聞こえた。嫌〜〜な予感がする・・


「ま、まさか・・・・」


さささっと手を後ろに伸ばす間もなく、ハラリと腰掛の紐が自分の前方に垂れ下がってくる。


「うっそぉぉぉ!!???」


ガバっと前を押さえつけて何とか上半身裸は免れたものの、完全に後ろはハラリとはだけてしまっている。肝心の水干はごろんと転がっている大きな岩の横に置きっぱなしになっていた。


「あ〜あ・・・・あそこまでとりに行かなきゃ・・・」


一瞬ビックリはしたが、回りを見渡すと別に誰もいはしない。千尋は安心した足取りで岩へと向かっていき、水干を着込もうと思っていた。しかし、偶然とは時としてなんと呪わしいことか――――



「千尋、何処にいるんだ!?」


いつの間にきたのやら、千尋が良く見知っている人物の声があの岩の向こうから聞こえてくるではないか。


「ハ、ハク!?うっそぉぉぉ・・・・・」


まさか今の自分の姿を見せられはしまい。見せたら、何を言われるか――いやいや、何をされるか分かったもんじゃない・・・・


「千尋!?」


ざく、ざくと草を踏みしめる音が自分の方へと近付いてくる。このままじゃ完全に見つかる――そう考えた千尋は、いくつも転がっている顔の描いてある近くにあった大きな岩の陰にさっと隠れこんだ。


「あ、あれ?ハク?ど、ど、どうかしたの???」


「千尋?そなた、何処に隠れているのだ??それに・・・・・水干がそこに置いてあったがどうかしたのか!?」


上擦った声を出しながらハクに返答すると、思いもよらない言葉が返ってきた。


げ・・・。ま、まさか・・・・・ハク、私の水干持ってるの・・・・?


チラリと岩の陰からその姿を確認すると――持っていた。確かに、千尋のものだと思われる赤い水干を脇に抱えてこちらに向かってきている。


もぉ・・・・マジでぇ・・・・・・!


あれを持っていられては、出て行きたくともハクの前に出て行けはしないではないか――千尋は泣きそうになりながらどうにかしてハクを湯屋へ戻そうと頭をひねることになった。


「ね、ねぇハクも今日はお休みなんだ?」


とりあえず、無難な質問から。


「あぁ。今日は、油屋全体の休みだからね。帳場も動かないとあれば、必然に私も休みとなるのだよ。」


よし、よし。掴みはオッケーっ! ――グッと胸の前で拳を握り締めながら古いギャグを心で言いつつも、次の質問を繰り出した。まだ、千尋の心に多少は余裕があるらしい・・


「そ、そうなんだ??じゃぁ、皆もそうだけど、ハクにとっても貴重なお休みなんだよね?」


「まあね・・・あそこでは"休み"という確実な名目は今日か、湯婆婆の機嫌によるからね・・」


完全に自分から話題はそれたらしい。よし!と千尋は再度拳を胸の前で作る。


「だったらさ・・・・」


ごくり、と千尋は唾を飲み込んだ。これからが本当の勝負だ。


「たまのお休みなんだから、ハクもたまにはどこかにお出かけしてみるとか・・・一人で伸び伸びとする時間、作った方がいいんじゃないかなぁ??ハク、いっつも仕事中しかめっ面してるし・・・ね、良い考えじゃない?」


「・・・・・まぁ、そういう過ごし方もあるね。」


ちょっぴりハクの言い方が引っかかったが、何か考えている様子が空気で伝わってくる。きっと、そうしようか、と思っているに違いない。


完璧に、完璧に・・・ここから追いやらないとっ!!!


「そうだよね?じゃぁ・・・・・」


「ちょっと待った、千尋。」


ハクの言葉を逃がさないように追い討ちをかけようと千尋が話を切り出すが、途端ハクのストップがかかる。


「聞いてればそなた・・・・・・なんだか私を一人にさせたいみたいに聞こえるが?」


ギクっ!!!!! 千尋の体がちょっと固まった。


「そんな事ないよ?ただ、たまには一人になりたいんじゃないかな〜って・・」


千尋は冷や汗たらたら物である。


「一人は、もうそなたがいない間に十分味わったよ・・・」


ハクの悲しげな物言いに、千尋はズキンと押さえている胸が痛んだ。ハクは今まで一人だったんだ――そう考えると、胸が締め付けられる。今自分がここに来た以上、休みの日は千尋だってハクと一緒に過ごしたかった。だけど――


今は、だめぇぇ・・・・・っ


状況が状況である。たとえ今ハクの目の前に姿を現したとしても、千尋の望むハクとの過ごし方と、少々違ってきてしまうのは明白である。ハクには悪いけど・・・、と千尋は心を鬼にしてハクに応戦し続けることにした。


「わ・・・私も、ハクと一緒に過ごしたいけど・・今日はダメなの。今日は、一人でいたいの・・・」


千尋の決心した言い方に、少なからずもその意思が伝わったのかハクは小さくため息をつくと「わかった・・」と呟いた。


ほ・・・・。千尋のほうも安堵のため息をこそっとつく。

諦めてくれたのね・・・・。


「すまない・・・それでは、一緒に過ごさなくとも良い。一目だけでも、今姿を見せてはくれぬか?千尋の姿を見ないまま今日一日を過ごすなんて私には耐えられない。」


えええ―――!!??? あ、諦めたんじゃなかったの!?


「あ、え、あ、だ、だめ!!す、姿も見せられないの!!」


千尋の思いっきり焦った言い方に、流石にハクもなにやら感づいたらしい。え?といぶかしげな声が小さく上がった。


「千尋・・そなた、何か隠しているな??」


やばい!!!


「な、何も隠してなんかいないよ?ほ、ほらハク・・もう湯屋に戻った方がいいよ??」


ざく、ざくっと歩みを止めていたハクの足音がまた回りに響きだした。微かにこっちに近付いてきている気がする。


やばーい!!!


「千尋!いいから姿を見せなさい!!!そなたが今隠していること・・・もしや、この水干に関係していることではないのか!?」


!!!!! そうだった!!!! 水干は今ハクが持ってるんだったー!!!!


ガサガサと言う草を踏み分ける音がだんだん近くに来る。


ど、どうしよう・・・ここにいたら完全に見つかっちゃう・・・!!あ、あそこの岩の陰に・・・ああ、でも行ったら見つかっちゃうよ〜〜!!


もうすぐ自分の岩の後ろ辺りに来る・・・・!と思った途端。ガサっと言う草の音が急に鳴り止んだ。


シーン・・・・


あたりは、なんの気配も感じられない。ハクは、怒って帰ってしまったのだろうか・・・・千尋はちょっと不安になって、カサッと岩の陰から様子を見るがやはりハクの姿は見受けられない。見渡す限りの草原がそこにあるだけ――・・・のはずが、何処からともなくハクの声が聞こえてきた。


「千尋〜〜〜??そなた、そんな格好で何をしてるんだ!?」


「きゃぁーーー!!!???ハ、ハク!?どこから・・!!」


辺りを見回しても誰もいないのに、声がするとはこれいかに!?千尋が焦って周りを見渡すと一瞬光が陰る。ふと上を向くと、そこにハクが浮んでいた・・・


「ひ、ひっどーい!!!!魔法使うなんて不公平!!!」


ぷぅっと頬を膨らませながら、千尋はじりじり岩から離れていく。


「不公平?そなたが、いつまでたっても出てこようとはしないからだろう・・・当然だよ。それに、その格好・・・」


じぃっと自分を見つめるハクの視線に千尋は危ないものを感じて、さらに強く前にある布を握り締めた。


「こ、これは何でもないのっ!!ハ、ハクの持ってる水干、私のなの!返して!!」


よく分からない言い訳を千尋は繰返す。焦って自分でも何を言っているのか分からないらしい・・


「ほぉ?やはりこれはそなたの水干なのだな?どうしたらそんな格好になってしまったのか、ゆっくりお聞かせ願いたいが?」


宙を浮きながらゆっくりとハクは千尋に迫ってくる。


こんなのっ・・・こんなの、やっぱり不公平だーー!!!


「さ、諦めてここにおいで千尋?私の部屋でゆっくり話そうか?」


――部屋に行けば絶対に違うことをさせれるに違いない。それならば・・・・


「――ハクの部屋は、嫌。ここでならいいよ。」


千尋の出した言葉に、ハクも思いがけず驚いているらしい。やった!と千尋は再三小さく拳を胸の前で作り上げた。―――が。


「ふぅん・・・千尋がここでも良いと言うのなら、私は反対はしないよ?じゃぁ早速聞かせてもらおうか、千尋????」


フワッとハクは急によってきて、手の使えない千尋の肩をガシっと掴む。


「え、や、ハク!そういう意味じゃなくて!違くて!!」


「何がそういう意味じゃないんだい?」


「や・・・・や――――ぁぁぁあああ・・・・・・!!!!!!!」


ハクはおかしそうにクスクスと笑いながら千尋を草の上に押し倒すと、夕闇に空が染まるまで千尋の声が空に響き渡ったのであった・・・





――その後、ぐったりとした体で帰った千尋は、ぶち切れた腰掛をリンの前に差し出した。


「お?なんだ千??これ、切れっちまったのか??」


千尋は無言のままコクコクと頷く。


「ふーん・・ま、いっか。新しいの出してやるよ・・・・ほら。」


そう言って出された新しい腰掛は、今度はピッタリと体に合う物であった。


「お。お前、胸でかくなったんじゃねぇ?ははは、そんな姿で外うろつくんじゃねーぞ???色ボケした竜に食われちまうからな!」


おかしそうに笑うリンをぐったりとした瞳で見ながら、千尋は心の中で呟くのであった。


――もう、食べられちゃったよリンさん・・・・・





こうして、千尋のここに来て初めて体験した油屋の休日は幕を閉じた。千尋にとって、忘れられない休日となったのであった・・・。














油屋の休日。他に書く設定もあったろうに・・・(汗) それはまた今度・・(笑)
ところで、千尋たちが着てるあの紺の下着は何て言うの??腰掛であってる?(汗)
わかんないのに書いちゃったよ・・・すみまそん(汗)




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