【あの夏へ・・・】


さぁっ・・・・・


千尋の高く後ろに結った髪を、透明な風が絡まってすり抜けていく。


「トンネル・・・」


千尋は、一人であの入り口まで――トンネルまで、やってきていた。
朝早くでてきたので、今は隣にリンも、ハクも、いない。


そっ・・と、千尋はトンネルの横の壁に手をついて5年前を思い出す。


コォォォ・・・・・・


風穴に吸い込まれていく、草や葉っぱ。それを見て、得体の知れない恐さを感じた自分。


「ねぇ、帰ろうよ!!お父さん!お母さん!!!」


恐怖を感じることなどせず、どんどん進んで行く両親。

――そして、いつの間にか豚になってしまった・・・・


「あの時はビックリしたなぁ・・・」


恐くて、何もかもが恐くて信じられなくて。――自分の存在も消えそうになって・・・


「でも、リンさんがいて、ハクがいて・・帰れることになって――」


そこまで思い出して、千尋はふとある言葉を頭に思い浮かべた。


『振り返ってはいけないよ』


――ハクの、言葉。


あの時、自分が振り返っていたらどうなったのだろう。この世界に残ることになったのだろうか・・・人として?それとも、豚になった両親のように、この世界の家畜として?



さぁっ・・・・・!



千尋の周りを、また透明な風がすり抜ける。まるで、5年前の時のように、もう家にお帰りといっているように・・・・



「このトンネルを抜ければ・・・・」



――両親のいる家に戻れる。



「振り返れば・・・・・・」



―――大切な人のいる場所へ戻れる・・・



今回は、前のときのように悪戯にこの世界へ迷い込んだのではない。自分の意思で、この地を踏んだのに――


「・・・・・・・っ。」


自分の周りには誰もいないような感覚が時々訪れると、戸惑ってしまう・・・


「でも・・・・」


カサっ・・・


千尋はゆっくりと足を後ろへまわして、トンネルとは逆の方向へ向きなおす。


「・・やっぱり、ハクと一緒にいたいな・・・」


そう呟いて、俯いていた顔をゆっくり上にあげると――


「・・・ハク・・!」


ニッコリと淋しげに微笑んでいる、大切な、自分の一番大切な人。


「帰ってしまうのかと思ったよ・・・・・」


その言葉に表情に、千尋の胸は鋭く痛む。


「私は、千尋なしじゃいられない・・・どうか、帰らないで傍に居ておくれ・・・」


「・・・・っ・・ハク!」


いつも意地悪される時より。自分を愛してくれる時より――ハクの心を一番身近に感じる。


千尋は、ハクの元へ駆け寄りギュゥっとハクを抱きしめた。


「・・千尋・・・?泣いているのかい・・?」


「ううん・・・・なんかね・・・・いつも一人でここに来ると、自分の周りには誰もいない気がして・・そんな気がしてたの。でもね、そんな事思う必要なかったんだって・・今、分かった・・」


「千尋・・・」


キュ、とハクも千尋を抱きしめ返す。


「ハクが、居てくれるって・・・・・・私も、ハク無しじゃいられないって・・・今、実感したの・・・・ごめんね・・・」


ハクの背中に回した腕に、グッと力を込めて千尋はハクの胸に顔を埋めた。


ドクン・・・ドクン・・・・・・


ハクの、鼓動・・・・・気持ちいい・・・・


体に鼓動のリズムを感じるだけで、癒されていく・・・


「千尋・・・そなたは、一人じゃないよ・・」


優しく、ハクの細くて長い指が千尋の結った髪を絡みとる。


「この髪留め・・カオナシや、坊や、銭婆より戴いた物だろう?それに、そなたの着ている水干・・・リンに選んでもらったものだろう?これだけで、もうそなたは一人じゃない証拠だよ・・?」


優しく、ハクが囁いた。


「うん・・・。ねぇ・・・ハクは?ハクの、私が一人じゃないって言う証拠は、どこにあるの?」


千尋の言葉に、ハクはクスッと優しく微笑んだ。


「私の証拠はね・・・そなただよ、千尋・・・。そなたが、今この世界に居る。それだけで、証拠になり得るんだよ。・・・・・・知っていたかい?」


「ハク・・・・・!!」


ハクの言葉に胸が一杯になる。嬉しくて、嬉しくて・・・千尋は涙が溢れそうな瞳をこらえながら、ニッコリとハクに微笑んだ。


「ハク・・・ありがとう・・!!!」


「千尋・・・・」


2人は目を合わせて薬と微笑み合うと――静かに互いの唇を重ね合う。




―――5年前のあの夏の日は、もう思い出さない。ここに、待っている人が居る・・・必要としてくれる人が居る―――――――ここにいる理由は、それだけで良かったのだと・・・・・・・・・・戸惑う必要などなかったのだと・・・・・・・・・・





「ハク・・大好きよ・・・」


「私もだよ、千尋・・・」





もう、あの夏へは返らない。私には、ハクが居て、皆がいて・・・一人じゃないって、分かったから。





もう、返らなくて、いいんだ・・・・・・・・・。












今日、サウンドトラックを買いました。「あの夏へ」を聞きました。
無性に、切なくて幸せなお話が書きたくなりました。・・なので、
千尋の片隅にあるだろうなぁ・・・っていう思いを、書いて見ました。
純粋な想い・・・綺麗な想いを書けてればいいなって思います。


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