【3】

「――それで?千尋は、どうしてそんなことをリンに聞いたのだ?」



ハクに部屋へ連れて来られてから、はや20分が過ぎようとしていた。千尋は、のらりくらりと話をかわしながらどうにか部屋を出ようと試みるが、それもそろそろ限界に近いらしい。ハクが、先ほどよりも自分に近付いてきているのが何よりの証拠だった。


「え、だから、ちょっとそう思っただけ。な、なんにも理由は無いのっ!」


しどろもどろの返答を返しつつ、ジリジリと千尋は壁づたいに扉へと向かっていく。


「千尋。そなたの言っているのは嘘だと誰が見てもわかるぞ。・・それとも、私には言えない理由なのか?」


スッと千尋の行く道を阻むようにハクも位置を変えると、悲しげな顔をして千尋に問い掛ける。



・・ズルイ・・・・


千尋はグッと喉を詰まらせながら、そう思ってしまう。千尋は、ハクの悲しそうな顔を見るのは嫌いだった。それは、ハクが自分がくるまで一人ぼっちだったことを意味しているような気がして、胸が痛んでしょうがなくなってしまうのである。



「千尋・・・?」


ハクは悲しげな声を出しながら千尋に近付いていく。悲しげな顔、悲しげな声をだしながらその実、心の中はリンが放ったあの一言で一杯になっていた。



『千尋を好きなんじゃねーの?』



――誰がそんなことを許したのか。本来なら、千尋が元の世界へ戻る時に一緒についていって、その男を潰しに行きたい。そう思うのは山々だが、毎日の職務に明け暮れる身としてはそうそう行ったりもしていられない。ならば、その相手となる――つまり千尋のわけだが、今以上に自分を思うように仕向けさせようと、ハクの頭の中はどう行動すればそうなるのか高速で考え続けていた。




「あの・・あのね、実はね・・・・」



かかった・・!


顔を真っ赤にさせながら言い出した千尋に、ハクは密かに心で思う。顔で泣いて心で笑って。・・まさしく、鬼であった・・。



「『可愛くない』って他の人に言われたことがあって・・・それでね、ハクも・・・・そう思ってるんじゃないかって・・不安になってリンさんに相談しようと思ったの。そしたら・・・」



なぜ自分が”千尋を可愛くないと思っている”などと思ったりしたのか。ハクには今一その部分が分からなかったが、顔を赤くさせながら言う千尋は可愛く思う。5年前にここに来た時よりももっと、可愛くて女らしくなったと。


「湯女達が聞いて、誤解し噂になってしまったんだね?」


スッと千尋の頬に手を置いて優しくハクは問い掛けた。


「・・・うん・・!」


ハクの手の平の中で、千尋は噂になったようなことは言ってないとでも言うように何度も頷いた。




「私が千尋を可愛くないなんて思う日は絶対にないよ。いつだって、そなたを愛しく思っている。」


「ハク・・・!!」



ハクの言葉に安心したのか、きゅ、と千尋は真っ赤になりながらもハクの背中に手を回してそっと抱きついた。



「噂のことはもうよい。そなたのことは私が一番わかっている。・・・が。他に聞きたい事がある・・・訪ねてもよいか、千尋?」


キュっとハクも千尋を抱きしめながら、そう言った。これからどんなことがあっても千尋が腕から逃げ出せないように、キツク抱きしめて。


「うん、なーに?」


自分の心の中にあったもやもやを噂の当事者へ告白できたから安心したのか、千尋にはもはや既に危機感はなくなっていた。そして、いつものパターンで行けばこれからが本当の危機である事を千尋はすっかり忘れてしまっていたのであった。



「そなたに『可愛くない』といった者。これは、男の子(おのこ)か?女子(おなご)か?」


ピキっ。

ちょっと千尋は固まった。まさか、これを言った事によりハクが自分の世界までついてくるのではないのか――と、そう思ったが彼には湯屋の仕事がある。そんなことはきっとないだろうと、千尋は素直に答えた。


「えと・・男の子だよ。同い年で、同じ学校に行っている子。」


千尋の返答に、ハクもいささかムッとしてしまう。リンから聞いてはいたものの、やはり千尋本人から聞くと怒りは倍になってしまうようだ。


「そ・・そうか。では、もう少し聞きたいのだが――」


「うん・・・?」


ハクは少々ムッとしつつも、一番自分が聞きたい核心へと進んでいった。それは、その男の子が千尋を好きなのかどうかだ。これは、千尋にストレートに聞いても分かるまい。なので、ハクはどうちょっかいをかけていたのか聞くことにした。


「その男の子は、千尋を毎日そんな風に言って過ごしていたのか?」




――???何でそんな事聞くんだろ??


千尋は疑問に思いつつも、ハクの真剣な眼差しを見てしまったため答えないわけには行かない。


「うん、と。そだね・・・会うたびに、そういう事言って来てたよ?」


「いつも、意地悪をされていただけか?時々ふと優しくなったりは?」


「う・・・ううん。そんなことなかったよ?ねぇ、ハク、苦しい・・・」


だんだんと自分を抱きしめる腕が強くなってくる。千尋はちょっと苦しそうに身じろぎをしながらハクの顔を見つめた。


「あ・・あぁ、ちょっときつく抱きしめてしまったね・・ごめん。何も、なかったんだね?」


腕を緩めて、そう言ったハクに千尋はまたも頭の中が?マークで一杯になってしまう。


何も無いってどういう事なんだろう・・・・


その手の推測が鈍い千尋は、なぜなのかハクに問い返してしまった。そして、口に出さなければいいことも同時に言ってしまい、結局後悔することとなるのであった・・・



「ねぇ、ハク。何も無いってどういう事?」


「いや、別に何でもないんだよ。千尋がもっと酷いことをされているのではないのかと心配になってしまったんだ。」


もちろんこの場合の酷いこととは、千尋に対する愛情表現のことである。


「やだなぁ!そんな事、全然ないよ?ふふっハクって心配性だなぁ・・・あ、でも。」


「でも?」


ハクのこめかみがピクリと動く。


「なんかね、よく帰りが一緒になったりして・・一緒に帰ってたなぁ。委員の仕事で遅くなったりして帰りが夜になったときとか・・・・『トロい』とか言いながら、駅まで一緒について来たりとか・・・・っう、苦しいよ、ハク・・・どうかしたの?」


千尋の言葉を聞き、ハクは緩めていた腕をさっきよりもきつく締めて千尋を抱きしめる。


「やはり、酷いことをされていたみたいだね・・千尋。今後そんなことがないように、そなたに警告しなければならないな。」


えっ・・・!?と思って見上げたハクの瞳は、いつものように妖しげに光っていた。


「け、警告ってそんなの必要ないよ、ハク!!!」


「いや。その男の子から守る術だよ、千尋。そなたが誰のものか・・目に見えてわからせなければいけないからね。」


「そっそんなの必要ないよー!!!ハク!私なら大丈夫だから!!」


千尋は今自分がどの状況にいるかハッと気がついて、逃げようとするが時既に遅し。


「ハハハハク!!ちょっと―!!やぁーー!!!」


ガシっと捕まえられた体は、明日の昼になってもその腕から逃れられることは出来ないのであった。









―――翌日。



「もう絶対、あの場所では相談するの止めよう・・・・・」



と、ぐったりしながら心ひそかに千尋は決心したという・・・・。





(完)




お・・終わった・・・長くなって・・話、混乱してますな(汗)



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