[ あなたの虜]
=3=


「はぁ、はぁ・・・・・!!!」

息が、切れる。途中で、人に何度かぶつかったかもしれない。

でも、そんなことは――――関係なかった。


あたしっ・・・・・・・・バカだ・・・・・・!!!


何で、アイツの気持ちにちゃんと言葉で返そうとしなかったのか。

何で、恥かしがったりしたのか。

なにもかも、沢田がいなくなったら――――――全て、お終いじゃないか・・!!

こんな、今際の際(いまわのきわ)になって気付くなんて―――――!!!!!!!!!!!!


ザザ!!!!!!!!!


「はぁっ・・・はぁ・・・!!さ、沢田!!?川嶋先生!?」


走って、走って―――目的の、コンビニの前に足を滑らせながらも久美子は到着した。


が。


肝心の、2人がいない。


「どこっ・・・・・・」


―――と、目線を下に泳がせると――いた。


でも。


そこに川嶋の姿は無く、あったのは・・・・・地面へ座り込んだ格好の慎だけが。


その周りには、散乱した買い物の袋。きっと、コンビニで何かを買った帰りだったのだろう――色んなモノが地面に落ちて、慎の胸元には。


「・・・・・・っ!!」


べっとりとついた、赤い、モノ――――


「う・・・・・・・・そだろ!?」


久美子の胸に、最悪の事態がよぎる。まさか、まさか―――・・・・・・・・・!!!!!!


「さわっ・・・・・沢田!!!!おい、沢田ああああ!!!!!!!!」


がくがく、と慎の方を揺さぶるが、一向に起きる気配は・・無い。


嘘だ・・・嘘だ嘘だ!コイツが、いなくなるなんて・・・・・・!


ガクリ、と膝が落ちる。


もう二度と、あの憎らしい笑顔が・・・・


二度と、胸を跳ね上がらせる存在が戻ってこないのか。


――何も、答えても、やらない、ままで。


久美子はそのままふらりと慎の傍までいくと、その体を抱きしめた。


今更、とか。


人の目、とか。


そんなものは、気にもならないほどに。


今大事なのは―――表さないといけないのは。この、気持ち一つだから。


たとえ―――伝えるのが、遅くても・・


「沢田・・・・・!・・あたし、お前にまだ何も言ってないんだぞ!好きだって・・・・お前が好きだって・・・・・!!!バカ・・・・・・!・・好きなんだよ・・・好き・・なんだよっ・・・・・さ・・・・・慎・・・・・・・!居なく、ならないで・・・・・・・・!!!」


「・・・・マジで?」


「マジに決まってんだ・・・・・・・ろ・・・・・・・?」


―――――――・・・・・・・・・・え?


どこからか聞こえた声に、抱きしめている腕の力が変に入り、閉じかけた目も思いっきり開いてしまう。


何か、今。


声が―――聞こえたような?


「今言ったこと、本気だよな?」


ヤッパリ、聞こえる。・・・・・・・耳元で、掠れた、声。幻聴・・・だろうか。


「・・・・おい、コラ。何呆けてんだよ・・・・・久美子。」


「うひゃ!」


ガバ!!!!!!!!


突然、耳元に息がかかった感触に更に目を見開いて、体を起き上がらせる――と。


目の前には。


「・・・・驚いた顔してんなよ・・・っ・・つ・・・」


空いている手で痛そうに頭を押さえながら、口を開いた、沢田、が――いた。


「えっ・・・・・・・えええええ!!????」


何・・・・どうなってんだ・・・・・・・・・・!!!???


「さ・・・沢田・・・・お前、死んだんじゃなかったのかよ・・・!?」


「・・・・・勝手に殺すなよ・・・つーか・・これが死んでるように見えんのかよ?」


パタパタと慎は手の平を動かす。


そ、そりゃ・・・見えねえけど、でもそういう事じゃなくて!!!!


「だ、だって!お前、この胸の血・・・血・・・・!」


「・・・・・・・・血?」


「ついてんだろ、ココに血がココに・・・・ホラ!」


言いながら、べったりと慎の胸元に付いた血――のようなものを、手で触る・・と。


「あ・・・・・・・・・あれ?」


・・・・・こ、これって・・・・・・・・・。


よくよく見れば異様に赤い。そして、この、独特の匂いは。


ま さ か 。


「おまっ・・・これ・・・・・・ケ、ケ・・・っ!!!」


「ケチャップ。」


久美子の驚きとは裏腹に、サラリ、と慎は何事も無かったかのように言い返す。


「ケチャっ・・ておま・・お前、何でこんな所についてんだよ!」


「・・・・・後ろから川嶋にチャリでどつかれて・・・・ぶっ倒れて持ってた食いもんのケチャップがついちまっただけ。」


―――――・・・・・・・・・・へ・・・・・?ぶ、ぶっ倒れ・・・・!?


「じゃ、じゃあお前!川嶋先生はどこ行ったんだよ!あたしに電話がかかってきたんだぞ!!!」


「知らねぇよ、川嶋の事まで。ただ・・・・人をどついた後・・『任せとき☆』とかなんとか言ってたけどな・・・」


なんか、企んでたのかもな。と、慎はその後も言葉を繋ぐ。


ま・・任せとけ・・・って・・・企んで・・・って!?そ、それって・・それって・・・!


「つー・・ことは・・アタシは・・・」


アタシは・・川嶋先生に・・・・


「騙されたんだろ、思いっきり。」


!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「だっ!!!だまっ・・・騙され・・・・・・っ!!!!」


じゃあ何か!? あたしは、思いっきり川島先生の筋書き通りにココに来て――――さ、さ、沢田に!あ、あああああああ・・・愛の告白ってやつをしちまったってのかよ!?


うああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!


出来る事なら、この場で恥ずかしさにのた打ち回りたい。大きな勘違いに、最大の告白に、もう恥ずかしい事だらけで。


しかも。


「お前・・・・・・・・さっきさ。俺の事・・・・・・・・・・・・ぅぐ。」


「う・・・うああああ!!!!い、言うな!!!!!!!!!」


ガバッと、言いかけた慎の口元を久美子は手の平で押さえつける。


そう、さっき、混乱に乗じて。沢田の名前を、思わず―――『慎』と。名前で、呼んでしまったのだ。


だって!!!!!!!! さ、沢田がいなくなると本気で思ってたし!!!そ、そうしたら・・なんか・・なんか・・・!!!!!!!


ぐるぐると、頭に色んな考えが渦巻いている間に――慎が、そっと久美子の手の平を自分の口元から外し、その手を、ギュッと握り締めた。


「ん。」


チュ、と音を立てて指先に柔かい感触が走る。


「っ・・!さ、さわっ・・・・!」


「慎。」


・・・・・・・・・・・・・・・え?


唇を指先につけたまま、慎が話し出す。


「これから2人ン時はそう呼ぶの決定。」


け・・・・・決定って。そう呼ぶって。そ、それって・・・・・


「な!なななななに言ってんだよ!!か、勝手に・・・!!!!!」


「――勝手に決める権利は俺にあンだろ。お前、俺に言ってねぇじゃん・・面と向かって。さっきは言ってくれたみたいだけど?俺は目ぇあけてなかったし・・・」


俺に、言って、無い。すらりと慎はそう言いのけた。


・・・・は?さっき?・・言っ・・・て・・も、もしかして・・。


その言葉に、ポポポッと再び顔が真っ赤になっていくのがわかる。


もしかして・・もしかしなくとも・・・あ、あ、愛の・・・・・っ!!


「えと・・・あ・・・・あの・・・・・・えええと・・・・」


「・・・ひでえよなぁ・・あン時も言ってくれねえし?その後も俺の事避けるし?今日は今日で家帰ったらなんもねえし川島にどつかれるし・・・・・・・・」


慎はわざとムッとた表情をしながらも、楽しそうに久美子を責め上げていく。


さ、最後の二つは関係ないと思うが・・・・・・・・・・で、でも、言わなかったのは本当だし・・避けてたのも・・・・・・で、でもそれは!恥かしかったからであって、そ、それは・・・


「ベ・・・別に・・お前の事嫌いで避けてたとかじゃ・・・・・・」


「慎。」


「!!あ、その・・・・・・だから・・・し・・し・し・・慎の事を嫌いじゃ・・」


「嫌いじゃない?じゃ、なんだよ?」


!!!!!


「ん?」


グ、と慎の顔が自分の方に段々詰め寄ってくる。


「だ、だから、そのっ・・・・・・あ、あの・・・・」


さっきまでは、20センチだった距離も、今はもう10センチ。


息が――かかる、その距離で。


「久美子・・・・」


――なんて、囁かれたら。


「・・・・・・・・・っ・・あ・・ぅ・・あ・・ス・・・・好き・・・・」


―――そうとしか、言葉が――出てこないじゃないか・・。


言ってから、恥かしさに目を俯いていると――目の前の唇から、はぁ・・・と、安心したような――震えた吐息と、言葉が漏れる。


「・・・・・・やっと言った。」


・・・・・・・え?


さっきとは違う、ホッとした慎の声音。


「俺―――ずっとお前が言ってくれねえのなんでかって考えてた。気持ちが、ちゃんと言葉で知りたいと思ってた・・・」


「あ・・・・・・・・・」


悩んでいるのは、自分だけじゃなくて。


沢田も、同じ状態でいて。


「ご、ごめん・・・・・・」


謝りながら目を上げると、揺れている慎の瞳にぶつかる。


――と。


不意に、頬を押さえられる。もう、間近に感じるその吐息。


「久美子・・・好きだ。」


再び、愛の言葉を自分の唇の上で囁かれて。


「あ・・・・・あたし、も・・・・好き・・・・・・・ん、ん・・」


そのまま、柔らかな口唇に―――包みこまれた――・・・・・・・




言わなきゃ、始まらない事もある。


言って、深まる事もある。


だから、例え言うきっかけが誰かにハメられたものだとしても。


・・・ココに、来て、よかった――・・。


恥かしい気持ちよりも、素直に、そう思える。


あ。


あと。


川嶋先生にお礼を言わないとな・・・・・。


「んん・・・・・」


そんな事を思いながら、久美子はそのままギュッと慎の体に腕を回したのであった・・。






>>4へ。

**BACK**