【約束】

「千ーーーーー!!! ここに来な!!!!」

湯屋の中に、湯婆婆の声が一瞬にして響き渡った。

「お、おい!千!湯婆婆様がお前の事よんでるぜ!」
「ふぇ?」

キュっキュっと大湯の中を磨いていた千は、リンの呼び声に泡だらけになりながら釜の中から身を乗り出した。

「ったく何してんだよ!湯婆婆様が呼んでんだって!お前、今度はなにやらかしたんだ?」
「えっ・・えぇ〜〜??私、何もしてないよぅ・・・・うっ!?きゃぁぁーーーーー!!!!!」

のそのそと釜から出ようとした千尋の体がいきなりグッと持ち上がり、服を誰かに引っ張られるようにしてズズズズっとすごい勢いで目的の場所へと飛んでいってしまった。

「ありゃ・・・待ちきれずに魔法使って引っ張り出されたか。今日〜はどんなことが起きんのかねぇ♪ あいつが来てから、楽しいことばっかりだな♪」

リンは、楽しそうにそう呟くと「仕事仕事!」と自分の分担へと戻っていった。




「遅い!!!!!あんた、いつからここで働いてんだい!あたしが呼んだら一秒で来るんだよ!!!」

開口一番に湯婆婆にそういわれた千尋は、そんなこと言われたって・・・と、心で思いつつも、「すみません!」と大きな声で謝った。

「ああ、まぁいいよ。とにかくね、あんたにお呼びがかかったんだよ。なんでもあんたの知り合いだそうじゃないか。いいかい、粗相のないようにね!分かったらさっさとお行き!!」

――――お呼び????

誰だろう?と、千尋は疑問を抱く。この世界では、知り合いなどいない。唯一の知り合いと呼べる、おばあちゃん(銭婆)や、かおなしがココに来て、わざわざお座敷へ行くなんてことはまずありえない。それに、一番大事な人・・・・・ハクはここの帳場係で、まずそんな事はありえない。

「なにしてんだい!!!!!! あああ、トロイ子だね!!!上客を逃すんじゃないよ!ほらっ部屋はここだよ!!さっさとお行きーーーーーーーー!!!!!」
「わぁっ!!! きゃ!きゃ!きゃぁぁぁぁ〜〜〜〜!!!!!!!!!!」

ボーっとしていた千尋を魔法でまた浮かび上がらせると、湯婆婆はその客が待つと言う上質の座敷まで送り届けた。




「もぉーーー!!!! こっ怖いよ―――!この魔法、あんまり使わないでぇぇぇ!!!」

ビュンビュンと廊下を風を切って千尋は進んでいく。周りにいるお客や蛙男達は「うわー!」っと驚きの声をあげながら端にとへばりついてよけたりしている。

「これ・・・・誰かが前に来たらどうするの!!!?ぶつかっちゃ・・・・・って!!きゃぁぁーーー!!!どいてどいて――!!!!!」

なおも勢いがついた千尋の目の前に、スッと人影がよけられない距離に舞い込んできてしまった。そして――――

「きゃぁーーー!!・・・・・・・?あ・・れ?あれ?ぶつかって・・ない?なん・・で・・あ!!」
「そんなに急いでどこへ行くんだ、千?」

ぶつかったかと思った人影は、ハクであった。湯婆婆の元で修行を積んでいるハクには、この簡単な魔法を止めることは容易いことであった。

ぶつかってはいないが、千尋はハクに横抱きにされる格好になってしまっている。

うわ・・・・・ぶつかるのもヤだけど・・・・これはこれで恥ずかしいなぁ・・・。

「どこへ行くんだ、千尋?」

なおもハクは千尋に問い掛ける。それもそのはず・・・先ほどの湯婆婆の怒声はハクにももちろん聞こえていたのだ。「千尋の知り合い」というところもばっちりと・・・。

今いる上客といったら、慶事をもたらす白蛇の神様・・白水阿蘇那岐様しかいない。なぜ、千尋がそのような神と知り合いなのか?あちらの世界での知り合いとは考えにくい。そうなると、ここで知り合ったことになる。いつ、何処で、どんな風に? そう、ハクは聞きたいのを抑えて、とにかく最初の台詞を優しく繰返してみていた。

「えーっと・・なんか、おば・・湯婆婆様が私の知り合いがいるからとか・・お呼びだとか言って・・・で、魔法でここまで連れてこられたの。」

この様子からだと、千尋は本当に誰なのかわかってはいないらしい。ハクはそう確信すると、今、そのお座敷にいるのは白蛇の神様だよ・・・と千尋に告げてやった。

「え!?白蛇の神様??」
「そうだよ。千尋は、白水阿蘇那岐様と知り合いなのか?」
「ううん?私も、知らない・・・。なんで呼ばれたのかなぁ・・。」

大抵、千尋を呼ぼうとする客のうち、どんなことを考えて呼ぶのか予想はつく。この湯屋で働くたった一人の人間を一目見ようとする客。従業員として働く千尋を気に入って、酌を継がせてみようとする客。そして、最もハクが気をまわして千尋をガードしている客は、千尋に湯女の真似事をさせようとする客だった。

―――――白水阿蘇那岐様も、この類か?

白蛇の化身と言うことだけあって、人型をとった白蛇の神はハクにも負けじと劣らないほどの美青年であった。美しい銀髪に、透き通るほどの白い肌、切れ長の怪しげな瞳・・・。それに、蛇は色を好む―――・・ハクがそう考えても無理はなかった。

「わかった。私も一緒に行こう。」
「え!?で・・でも・・・・ハク、怒られちゃうよ・・・?私なら平気だから、1人で行けるよ?」

冗談じゃない!1人でなんかいかせられるはずがない!!!

「いや。ちょうど、ご挨拶しなければと思っていたのでね。一緒に行く。」




――――――そうして、千尋はナゼだか分からないまま付いて来るハクと一緒に白蛇神様の元へと足を進めたのであった。





ライバル登場?(笑)


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