【寝言】

「な、千・・頼むよ。」

朝、これから仕事の準備をしようと湯殿へいった千尋は兄役に懇願されてしまった。

「一体、どうしたんですか?」

頼まれる理由もわからないまま、千尋はそう返すと兄役がスッとある方向へ指をさす。

「なんとかしてくれんか・・・・・」

その方向には、すこぶる機嫌の悪い帳場係の長・・ハクがいた。

うわ・・・・すっごい機嫌悪そう・・・

「あ・・私にどうしろって・・・私が言っても直らないかもしれませんよ?」

「いや、お前なら出来る。なんといっても、あの原因を作ったのは他ならぬお主なんだからな。」

兄役の口から、信じられない理由が発せられた。

「・・・・はぁ・・?」

「なんだか知らんが、ハク様のご機嫌が悪くなるのはいつもお主がらみと相場はきまっとる!故に、おぬしが責任を取っていって来い。頼んだぞ!!!」

そう言うが早いが、兄役はそそくさと自分の持ち場へと逃げるように行ってしまった。

「責任・・・って言ったって・・・」

当の千尋には、理由は何も思いつかない。昨日の夜は、いつものように甘く鳴かされていたわけだし。機嫌がよくなるのなら分かるが、機嫌が悪くなるのは・・・

「あ。」

そこで、千尋は一つのことを思い出した。夢、だ。

そういえば、昨日は久しぶりに向こうの世界の夢を見て・・・友達と遊んでる夢だったからすごく楽しくて・・・

「何か寝言言ってたかもしれない・・・」

うーん、とうなりながら千尋は昨晩のことを思い出しかけていた。






千尋が思い出しかけているその間にも、ハクの機嫌は益々悪くなっていくばかり。

「やり直し!ここを磨いたのは誰だ!」

八つ当たりともいえるハクの様子にも、理不尽さを感じながらも誰一人として逆らえるはずも泣く。言われたとおりに掃除をしなおす。

ムカムカムカムカムカムカ

ハクの不機嫌さは一向におさまらない。むしろ、思い出すたびに胃の中をむかつきが駆け巡っていく。

昨日の晩、千尋の唇から発せられた一人の名。

「ケン・・・」

聞いた瞬間。それまでの甘い気持ちから一転して、ピキィ!っと周りの空気が凍りだした。

「誰なんだ・・・・」

ギリっと奥歯をかみ締めながらハクはボそりと呟いた。

そのケンと言う名の男、目の前にいたら叩き潰してやるのに!夜になったら千尋にも問いただしてお仕置きせねばいかんな・・・・





―――結局、今日の営業時間内に二人が話し合うことは相成らず。千尋は思い出しつつも忙しくてハクの場にいけず、ハクは不機嫌で八つ当たりをするまま終了時刻まで働いていたのであった。





そして、ようやく夜が白んできた時営業終了となった。



ハク・・・!!

千尋はハクの姿を探して走り回っていた。

「千!」
「あ、兄役さん!」

探している途中、ち人は兄役に呼び止められた。

「何しとる!!あれからハク様は益々ご機嫌が悪くなられたんだぞ!早く行かんか!その角を曲がったとこにおられる!」

必死の形相をして言う兄役に、ハクの不機嫌さが頂点になっていることを身にしみて千尋は分かる。

「わ、わかりました!ありがとうございます!!」


トタタタタっと走り、言われた所の角を曲がると従業員達になにやらまた厳しいことを言いつけているハクの姿が目に入った。

「ハク・・様!」
「千!」

自分の声に振り向いたハクの顔は――――すでに、自分を求めるときに見せるあのハクの顔になっていた。

うわぁ・・・・・・・・・なんだか、ヤナ予感〜・・

「あの、あのハク・・」

兄役や、他の従業員に助けを求められている手前、そう言って逃げるわけにも行かず千尋は動揺を隠しつつ話し掛ける。

「ああ、もう仕事は終了の時間だったね。じゃ、後片付けをしていくから・・千尋は先に私の部屋で待っていなさい。」

ピキ。

その言葉に千尋の体は固まるも、これは避けて通れない、通れない・・と自分に言い聞かせて、大人しく頷くと、ハクにスッと頭をなでられた。

「いい子だね、千尋。だけどそれとこれとは話が別だからね?」

そう言葉を残しつつ、ハクは仕事へと戻っていき、千尋は固まった体を何とか進めながらハクの部屋へと向かうのであった。



千尋ピンチ(微笑)?


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