【真夏の光線】
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「あぁぁ――もう・・・疲れたぁ・・」

「ホントだねー・・」

きっちり45分間、職員室で絞られていた2人が教室に戻った頃にはもう、クラスメイト達はそれぞれに楽しいお喋りを始めていた。

「ねー!すっごくかっこよかったよね!」

ん?

「ホントホント!どのクラスに入ってくるのかな・・同じ学年だったよね!」

キャァキャァと、クラスの女生徒達が騒いでるのが嫌でも耳に入り、目に入る。

「・・なんだろ・・」

「私、聞いてくる!」

「あ!!」

一瞬止める手が遅く出てしまい、友人はその話題の目に飛び込んでいってしまった。

・・別にいいのになぁ・・・・・・・

大体、予想はつく。大方、どこかのクラスでカッコいい子がいただとか、かっこよくなっただとか、そんな感じの話題だろう。千尋は、10歳の頃・・湯屋から返ったその後から、その手の話題には入らないようになっていた。別に、入る必要は無いのだ。「誰それがカッコいい」だの、「どこそこの男子が誰を好きだ・・」とかの話題は千尋にとって興味の対象になりえないのだ。どの誰を見ても、自分の思い人には敵いはしない。客観的に見て、はどうか分からないが、千尋にとってハクにとって代わる人物など誰もいないのだから。

カタン。

千尋は、何事も無かったかのように静かに席についた。

ざわつく教室を見ていると、まるで油屋の中のざわめきに共通するものがあるようで、ちょっと懐かしくなって涙が零れそうになってしまう。

――やだ。ついこの間まで、あの場所にいたじゃない。・・変なの。

キュ、と皆にばれないうちに瞳に溜まった涙を拭う。

「ねえねえ、ちーちゃん!!聞いて聞いて!」

危機一髪、拭ったあとに友人が前の席にガタッと座り込むと、聞き込んできた情報を千尋に身振りでぶりを加えて話し出した。

「なんかね、あたし達が怒られてた間、転入生の紹介があったんだって!」

転入生・・あぁ、チラッと見たあの紹介のことか・・・。

「それでね、それでね!あたし達の学年で紹介された子が、あ、男の子なんだけど!めっちゃめちゃかっこよかったらしいの〜〜!!!もう、絶世の美女らしいよ!」

・・・・・・美女?

「男の子、じゃないの?」

「うん、男の子!だけど、もうそんな域越えてるくらい美しいんだって〜〜!やーんっ!どんな男の子なのかなぁ!?もう、先生があんなにお説教しなければさぁ・・・・」

どんどん、友人のおしゃべりは続いていく。とどまる所を知らないらしい。

絶世の、か・・・・

正直、この話に興味は無い。が、友人の話を無下に突っぱねるわけにもいか無く・・・千尋は心ここに有らずの状態で聞いていたため、もしかしたら。今、この場で聞いていたら。幸せを今この瞬間から感じ取ることが出来たかもしれないのに、そのチャンスを逃していてしまったのであった。

「・・・なんだってさ〜〜!ね、ちーちゃん聞いてるのっ!?」

「え?あ、うんうん。そんなにカッコいいんだ?」

「そう!・・らしいよ。あー、もう!見たい見たい〜〜!」

ジタバタと友人が悔しさを思いっきり体で表現するうちに、ガラっ!と大きな音を立てて担任が教室へと戻ってきた。途端、蜘蛛の子を散らすように皆はそれぞれの机へ座り出す。

「ほら!ちゃんと席に座れ!今から、転入生紹介するからな!」

きゃーーー!!!!!!!

わっ!?

担任の一言に、クラスの女生徒から一瞬にして歓声が沸き起こった。

うーわー・・・・すっごいなぁ・・・・

「うーるさい!!静かにせんか!ったく、嬉しいのは分かるけどちょっとは静かにせんと転入生もお前らに惚れるどころかびびるだろ!落ち着け、落ち着け!」

「やだ、惚れるだってー!」

「どうしよう、本当にそうなったら!」

どう取り押さえようとしても、騒ぎは中々収まらないらしい。

「・・・・ふぅ。」

何分たってもざわついているので、千尋はどうにも顔を上げているのが疲れてしまい、机へと突っ伏してしまった。――いや、正確には、その転入生を見たくなかっただけなのかもしれない。なんだか、なんでだか分からないけど、ハク以外の人を異性として・・興味のある目で見たくなかったのだ。

「さ、どうした。入れ入れ?」

クラスの前方へ、今か今かと期待の目が寄せられる。

カラっ・・・

静かにドアの音がなったかと思うと、あの騒がしかった教室が水を打ったかのように――静まり返った。

・・・・・・すご、い。

机に寝そべって見えるみんなの表情は、それこそ今までお目にかかったことの無いものを見たような・・まさにそんな感じだ。

ちょっと、見たい・・・

それは、好奇心。ただ、どんな人なのか・・・それだけのもの。

むく。

伏せていた体を、少しだけ上げると、その転入生の足が見えた。それもまだ、つま先だけの方が。

普通、だよね・・?

それだけでは到底分かるはずも無いが、とりあえず第一段階は「普通の人」。そう判断を下したはずなのに、なんだか周りの雰囲気に巻き込まれたからなのか――いやに心臓がドキドキする。

ちら。

もうちょっと、顔を上にあげる。

スラッと伸びた・・両足。太ってはいないみたいだ。むしろ、この感じから行くと結構スタイル的にはいいのだろう・・。

普通、だなぁ・・。

第二判断も、「普通」。というより、千尋にとっては、周りの男子は皆「普通」レベルなのだ。最高位がハクであって、それが揺るぐはずは今も昔もこれから先もある筈は無い。

手の辺りも見てみるが、それも「普通」。

だけど。

だんだん、心臓の鼓動が早くなってくる。

あれ?あれ??な、なんで???私、別に知ってる人じゃないし・・変なの?

最後に顔・・・と行きたかったのだが。

すぃっ。

その人物は、千尋が顔を上げる前に廊下に出て行ってしまった。途端、クラス内にもざわつきが戻る。

「あー、たく静かにせい!まだ彼と話があるから、今の時間は自習でよし!次から、授業に入るから用意して置けよ!」

ガラガラ・・ピシャン!!

担任が教室を出るや否や――さっきよりも倍になったざわめきが教室中を包んだのであった。








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