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【 3 】





『いいんだね、千。』

『・・はい。それをしなければ、この後もここにくることが出来ないんでしょう??』

『ま、そりゃそうなんだがね・・・。しょうがないね、これもこの世界での掟だ。いいかい、もう一度説明するよ。これをかけた次の日から3日後の満月の夜までに、お前が記憶を取り戻さなければ・・・今後一切、こっちの世界に戻ってきてはダメだ。いいね?』

『はい、分かりました・・おばあちゃん。』

『満月が、西に沈むまでに思い出すんだよ。いいね!!』

あそこで答えてるのは、私?一体誰と話をしているの?いったい、私は何をされたの??私は、釜からおちたから記憶喪失になったんじゃ・・・・


「ん・・・・・・千!」

「!!あ・・・リンさん・・・」

「お前、酷くうなされてたぞ。・・・どうした?」

「あ・・なんか嫌な夢見ちゃって・・・・・」

夢?あれが?? ううん、そんなわけはない・・・。確かに、『おばあちゃん』と私が呼ぶ誰かと。何か、契約をしたはず・・・・・

時は既に夜明けを迎えようとしていた。仕事が終わった後、ひとしきりこの世界について聞いた千尋は、部屋に敷かれた布団へ横になるとすぐに眠りに落ち――夢を見た。

「ねぇ、リンさん・・・・」

「ん、なんだ?」

「私・・・どうしてこの世界にいるの?」

「・・・・えっ・・」

眠る前リンから聞いた話によると、自分は一度現実の世界へ帰った。だけど、5年後の今・・・・またこの世界に来ているのはなぜなのだろう。一体、向こうの世界ではどうなっているのか。私が向こうの世界を離れてまでここにきたのは何のためか。千尋は、それが記憶を取り戻すきっかけだと、今見た夢で教えられた気がした。

「わり・・・あたしにはわかんねーよ。ただ、お前は前に来た時のように・・・ハクに連れられて、この世界に来た。理由が知りたければ、ハクの元にいきな。」

「えっ・・・・・・・ハク・・・って、あの恐い人だよね・・・」

「まぁ、あいつはあたしらにゃ恐いけどよ、お前にはそういう態度は取らないはずだぜ?その理由は・・・あたしからは言えないけどな。」

「・・・・・・・・そう・・・・」

私には恐い態度をとらない・・・・?それなら、あの仕事場でのことはなんだったのかな・・・わからない・・・・・・・

「さ、明日も仕事が待ってんだ。まだ眠る時間だから・・・寝るぞ。」

「あ、うん・・・」

リンに促されるまま、千尋は浅い眠りへと落ちて行くのであった・・・。




『千尋・・・おいで。お父さんとお母さんに会わせてあげる。』

――誰・・・??

『お食べ。千尋が元気になるよう呪いをかけてにぎったのだよ』

――おにぎり。そう、私は確かにこのおにぎりを食べて・・・・・・

『無駄口を聞くな。私のことはハク様と呼べ。』


――!!!!そう、私、前にもこの言葉を聞・い・て・る――――



「・・・・・・・・・っ!!!」

ガバァっと千尋は布団から起き上がった。汗びっしょりの自分の体。嫌な夢を見た後のように、心臓がバクバク言っている。

「ふぅ・・・・・・」

辺りを見回すと、まだ日が出て間もないらしい。薄っすらとした朝の光が襖の間から覗いていた。

「ちょっと、散歩行こう・・・・」

カタン。

千尋は静かに音を消しながら女部屋を抜け出し、釜爺の寝床から外へ出ると―――トンネルがある草原まで何かを思い出すように走り出していった。




ざぁっ・・・・・・・


風が、自分に纏わりつく。

「このトンネル・・・・・・・」

確かに、この位置で自分はこのトンネルを見た。

『けして振り向いてはいけないよ』

そう、誰かに言われて――

「・・・・・っ・・・・」

頭の痛みと同時に、ひどく胸が痛んだ。それは記憶を思い出しているというせいではなく、何かこの場所であったから――ここをくぐる時の自分の気持ちが、今胸を痛めさせているから――

「千尋!!!」

「きゃ!!!!!」

人がいるとは思わなくて、その場でうずくまっていた千尋は大きく声を上げた。振り向かなくても、この声の主は分かる。

・・・え? どうして、私この声が誰なのか分かるのかしら・・・・だって、記憶を無くしてからまだ3日しか経ってない・・・・・・・

「千尋!!どこにいくつもりだ!!!」

「あ・・!ハ、ハク様・・・!!」

「私になんの断わりもなしに―――!!!!」

そこまで言って、ハクはハッと口を押さえた。

「あ、いや・・・・いいんだ・・・・すまない。私に了解などとる必要はない・・・・。」

――ズキ。

なぜだか、胸が痛んだ。ハクが淋しげな瞳をするたび、言葉を出すたび、私の胸はなぜだか痛む。

「あの・・・・・私、別に・・・・」

どこにも行くつもりは―――

「・・・・帰り・・たいか?」



ざぁぁぁっっっっ・・・・・・・・・・・


「・・・・え?」

2人の間を冷たい風が過ぎていく。体感温度は冷たくないのに、その風だけが冷気を含んで過ぎ去っていく。

「そなたは・・・現実の世界に帰りたいか?・・さっき・・湯婆婆様と話をした。そなたは、真名を知っているものだ。ここに居ようが帰ろうが、それはそなたの自由――よって・・・・」

え?え?ハクは、何をいっているの??

「すべてはそなたの意志に任せられる。帰りたければ、かえっても良いのだぞ・・・・いや、そなたは一度――帰ったほうがいいのかもしれない。」

ポツリ。

草むらに、雫が一滴舞い落ちた。

・・・・・・あれ・・・・雨?

ポツ・・ポツポツポツポツ・・・・・・・・

あれ・・あれ・・あれ・・・どんどん増えていく・・・空見ても雨なんて降ってない・・・・

キュ。と頬に手をやって、千尋は初めて気がついた。落ちているのは雨ではなくて、自分の涙――


「・・・・千尋っ・・・!!?」

「・・・・・・・・・っ」

・・・・なぜ自分は泣いているのか。なぜ、ハクに『帰れ』といわれただけで、こんなに胸が痛むのか―――

「ち・・・・」

「・・来ないで!!」

ハクが自分の肩に触れようとした瞬間、千尋はバッとその場からかけて逃げ出した。

「千尋!!」

「わっ・・・私が帰ろうが帰らまいが私が決めることでしょ!?なっ・・なんで、帰れなんて・・・・『帰れ』なんて、言わないでよ―――!!!!!!」

ハクの顔が呆然としている。まるで、小さな者を傷つけたかのような顔。・・・・そんな顔、しないで―――あなたが悪いわけじゃない・・・・・・・・・・・・・心のどこかでそう思う。理由は、分からないけど・・

千尋は思いっきり叫んだ後、湯屋へ向かって力の限り駆け出した。

タタタタタタタ!!!!!!

涙は止めどなく溢れてきて、留まることを知らないらしい。

悲しい。悲しい悲しい悲しい・・・悲しくて・・・でもなんでこんなに悲しいのか分からなくて。それが、余計に自分の涙を溢れさせる原因でもあって。

どうして、私は何もわからないの!?どうして、私は記憶をなくしてしまったんだろう・・

「セ、千!?お前、どうしたんだよ!!!!!!」

「リンさ・・・・・・・・わぁぁぁぁん!!!リンさん!!!!!!!」

自分を探して外に出てきたのだろうか、湯屋の前でウロウロしていたリンを千尋は見つけると、その胸にボスっと飛び込んで――心の底から、泣いた。泣いて泣いて、涙腺が枯れるんじゃないかというくらい泣いた。

「千、どうしたんだよ〜〜〜!!!」

「うっ・・・うぅっ・・・・!!!」

後日談だが、後にも先にも千尋がここまで泣いたのは、これ一回きりだったという・・・・・









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