(2)

「ビーデル!!」


――――――はっ・・!ビーデルさん!?


よく通るその声に、教える事に夢中になっていた悟飯の顔がパッと上がる。


・・いない・・・・・・・。


はぁ、と息を吐きながら、悟飯は再び目の前のノートの上に視線を落とした。



――――――どうしてだろう。



ブウとの戦いの後から、彼女は自分にあんまり寄り付かなくなった気がする。


避けられて―――――・・・いるのだ、ろうか・・・・・・・・・・・。


「悟飯君、ここは?」

「えっと、ここは・・・」


こうして次々と質問してくるクラスメイトに対して律儀に答えを返していても、なんだか何かが抜け落ちたような気がしてならない。


「どうもありがとう♪」

「いえ、どういたしまして。」


当然だが、自分の目の前でニコリと笑うクラスメイトの名前を悟飯は知らない。



『覚えてないの!?』

――と、ビーデルによく怒られたもんだ。



そのたびに、悟飯は心の中で『気を許せる相手しか記憶にはあまり残らない』と思っていた。

よく言えば、優しいけど淡白――――悪く言えば、冷たい、のかもしれないが。



『酷いもんね。――で、あたしの名前はちゃんと分かってるんでしょうね?』

『もちろんですよ!!』


からかうように言われるその言葉に、悪い気はしていなかった。最初こそ、自分の領域に何も分からず入ってきた侵入者だったビーデルも、いつしか気を許せる唯一の、『女性』になっていたのだ。


その、彼女が。


ある日を境に、ぷつりと視界の端にも入らなくなっていた。


いつの間にか用事のあるとき以外は恒例の様になっていた、一緒に歩く帰り道も。


・・・・・・今日も、か・・。


一人で校舎を後にするようになっていた。


・・・ビーデルさん・・・・?


どくっ、と心臓が嫌な音を立てる。


自分の本当の姿に、彼女は恐れを抱いたのだろうか。


・・・・・そんなこと、ないはずだ。


そんなことは、ない。きっと、ない。
もしそうなら、舞空術の修行の時点で、逃げてしまっているはずだ。


悟飯は焦る気持ちを抑えながら、一つ一つ筋道を立てて考えていく。


恐れを抱いた訳じゃない、つまり、自分を嫌っているわけじゃ、ない――――――


じゃあ、なぜ。


「なんで、ですか・・・・・・」


なぜ、ビーデルは自分を避けるのだろう。

彼女に離れて欲しくない。いつも、自分のそばにいて欲しい――――それが、当たり前であるかのように。

いつだって、強引にいてほしいのだ。自分と、初めて、出会った頃のように――――――。


・・・それが、今のままでは、無くなってしまう・・・・。


全部、出会う前に戻ってしまいそうな、気が、する。


どくん・・・!


心臓が、再び嫌な音を立てる。


ビーデルのことを考えれば考えるほど、いても立ってもいられない。

自分が今いなきゃいけないのは。


・・・・ここじゃ、ない。


ガタン!!!!!


「ご、悟飯君?」

「・・すみません。僕、ちょっと用事を思い出しましたから、また今度・・!」


言うがいなや、悟飯は席を飛び出して――――――


「あれっ 悟飯くん!?ビーデルなら家に帰ったわよ!後よろしくね!!」


イレーザの大声を耳にすると、チラッと後ろを振り向きながら片手を上げて、その声に応えたのだった。




不安が心を大きく、占めた。


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