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「お久しぶりです」 そう言って、入った座敷の中。 静まり返った家の中に、てつさんとミノルさんはこの時間、いつもあの場所で商売しているんだと思い出す。今、家の中にいるのは若松さんと、三代目だけ、だった。 「あの」 年季の入った座卓を挟んで、龍一郎の前に座るや否や、発した言葉。 ・・・・ドキン。 ふぅ、と心の中で深呼吸をして、少しだけ緊張しながら、グ、と正座した脚の上で拳を握り締めた。 ・・・・落ち着け。 相手は任侠の世界を束ねる人物で、緊張しないと言う方がおかしい――――― けど。 絶対。 手に、入れたい未来、だから。 「・・あの。」 慎は、二度目のその言葉を口にして。 「山口先生・・・・・久美子さんの、事、なんですけど。」 ゆっくりと、話を、切り出した。 「・・慎の字?」 少しの間が空いて返ってきた返事。 「・・俺。久美子さんと、この間から――・・お付き合い、させて頂いて、ます。」 じっと見据えた龍一郎の目に一瞬鋭い光りが映り込む。 ・・負けるな。 視線を、ここで逸らすわけにはいかない。 「・・・・そうかい。」 「・・・はい。」 見据える先には、いつもの『久美子想いの祖父』だけの顔じゃない、龍一郎のその表情。 大江戸一家を仕切る、三代目の――――厳しい、眼差し。 ・・・・量られてる、ってわけか・・ 自分の中にある、男を。 ・・・くそ・・・ 長い、凍りついたようなこの一瞬。 見据えられた瞳は、動こうともせず――――気だけが、焦れる。 ・・・・俺からは。 自分から、言葉を言ったら、負けてしまう。 そう、思った。 きっと、忍耐が足りない男だ、と。それじゃあ久美子は任せられない、と。 そう、言われると思った。 でも。 きちんと、自分の真剣な想いをぶつけなければ。 伝えたい事は、言葉にしなければ。 だから。 「・・・・・俺は。」 その、沈黙を破って、再び。 「俺は、守り抜きます、必ず―――彼女を。何があっても、どんな時でも。例え、俺の前を先に進もうとしたって・・・・・必ず彼女の前に立って守りたいと・・・・思って、います。」 再び、言葉を紡いでいく。 ・・ガキの戯言だと言われるだろうか。 でも、これが、本当の――自分の、気持ちだから。 ・・・・・グ。 体も顔も、内側は強張ったまま膝に置いてある拳を握り締めなおす。 沈黙の、一瞬。 凍りついた、瞬間。 それを、三度破ったのは―――――――― 「・・・・・・ったく・・・何硬くなってんだ、おい慎の字。」 まったく、と呆れたような、安心したような――――表情を、さっきまでとは一変して緩ませた、龍一郎の、方だった。 「・・・え。」 何が、一体どうなったのか。 龍一郎のその言葉だけじゃ、まるでダメだとでも言われたような気分だけれども、表情を見れば、優しくて、柔かい。 「恐ぇ顔しやがってよぉ・・・こんな老いぼれに、緊張しすぎだぞ、ははっ・・」 「三代・・・・・・」 「そんな恐ぇ顔しなくても、俺はお前ぇさんの事を取って食やぁしねぇよ。ただな・・・・やっぱりな、と思ってただけよ。」 言いながら、よいしょ、と体を横に向けて隣の部屋から一升瓶を取り出してくる。 ・・やっぱり? 「実を言うとな・・何て言うともったいぶってるみてぇだけどなぁ。久美子が家に入れた男は、慎の字。お前ぇさんが、初めてだったのよ。」 ・・・・え。 コポリ。 出した升の中に、透明の液体が注がれた。 「だからな・・・・・ま、本当言うと、俺ぁ分かってた、って事よ。久美子が誰を選んでいるのかも、お前ぇさんがこの家に来るって事も、全部な。」 ゴクリ。 言いながら升の液体を飲み干せば、さっとくずした脚をキッチリ座りなおしてくる。 「・・・三代目。」 「・・ま。お前ぇさんに甘えるばかりだとは思うけど・・久美子の事・・・宜しく、お願いしやす・・・っ」 ―――・・・・・・! 深く頭を下げられた、その姿。 ・・・・一瞬、身震いがした。 本当なら、自分が先にすべき行動を戸惑いなく起こした、龍一郎の人の大きさに。 ―――そして。 ・・・・・っ・・・ 自分が、男として――・・・本当に認められたんだ、という嬉しさに・・・・ 「・・・はい。」 低く、でもハッキリとした声で一言そう返せば、自分も頭を、下げて。 「・・・じゃ、一杯やるか?」 「いえ、俺は・・・・」 「なんだ、遠慮すんなぃ。俺だって久美子だって、お前ぇくらいの年にはもう、こいつを丸ごと空けてたんだからよっ」 ・・・・・丸ごと。 顔を上げれば言われたその言葉に、思わず頬が緩みあって、和やかな空気がその場に、溢れかえった。 「・・っと、なんて事まだ生徒のお前ぇさんに言っちゃ久美子に怒られるかもしれねぇなぁ・・・・参ったな、こりゃ・・」 「ははっ・・・・・・」 「まぁ、いいよな!男同士だし、な!」 響きあう笑い声。 それは、試練を一つ乗り越えた証でも、あった。 そして。 「ただいまぁー!」 少しだけ酌み交わされた盃を座卓へと置けば、家中に広がる、声。 今、ついさっきまで、話題の中心だった、彼女の声。 「ようやくお帰りだなぁ、な、慎の字!」 ニヤ、と笑いながら一層大きな声で自分の名を龍一郎が呼べば、玄関先での久美子の気配が大きく固まる空気が伝わる。 「・・・三代目。」 少しだけ、呆れたような自分の声。 ・・・さすが、久美子の、『おじいちゃん』、だよな。 「・・ははっ。悪戯だよ、イ・タ・ズ・ラ!」 言いながら自分を玄関の方へ早く行け、と手で合図する龍一郎にもう一度頭を下げると。 「・・・ありがとうございます。」 そう言い残して――――・・・玄関へと、足早に向かったので、あった。 「・・・・・・・・っ??」 辿り着けば、戸惑う久美子の、顔。 どうしようもなく、頼りないその姿。 年上で。 自分の、教師で。 ――――でも。 一番愛しく思う、その姿。 ・・・・バカだな、ホント・・。 いつもの調子でそう思いながら、、玄関の柱に寄り掛かって名前を呼べば。 「久美子」 「・・・・っ!!!」 泳がせていた視線を自分に向けて、真ん丸に開いたその瞳で、久美子が自分をとらえたので、あった。 『イタズラ』 龍一郎のその言葉を、思い出して。 慎は、この後、自分もイタズラをしようと、決意した。 自分に何も言わなかった久美子への罰として。 だけど、本気の、イタズラ、を・・・・・ |
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